「送り火」高橋弘希 2018年第159回 芥川賞(単行本120ページ)

 

日本では、非情な暴力を目の当たりにし、後の記憶に残り続けるほど心にショックを受けるような経験を、中学校時代までにする人も少なくないのではないかと思います。

 

ランドセルを降ろし、学生服を身にまとう頃にはもう、大人とかわらない質の暴力に遭遇してしまう。

 

この小説では、中学校という閉鎖的な世界の中で繰り広げられる暴力が描かれています。

 

転勤族の親を持つ主人公の歩は、中学3年の2学期がはじまるタイミングで、都内から山間の田舎町に引っ越してくる。

転入した中学校は今年いっぱいで廃校することが決まっており、3学年は12人の1クラスのみで、それがこの学校の全生徒でした。

 

男子は歩を入れて6人。ここでの日々を他の5人と過ごしてゆくうちに、歩は次々とこの閉ざされた地で、彼らとともに存在する暴力を知り、自分もそれに巻きこまれてゆきます。

 

廃校間際のこの学校には、部活も何もありません。そんな彼らは放課後、校内のたまり場で「燕雀(えんじゃく)」とよばれる花札を使った遊戯をして過ごす。1人の負けを決めるためのゲームで、負ければ、遊びという名の制裁をうけることになる。

 

カードを配る「親」は、6人の中でリーダー格の存在である「晃」と決まっていて、負けるのはいつも「稔」

いかさまで常に稔が負けるようになっていることに歩はやがて気づきます。

 

皆のジュースを買いに行かせるようなところまでは何も特別なことではなく、どこの中学校の日常でもままあることだと、とくだん不安に感じていなかった歩でしたが、徐々に晃という人間の恐ろしさを目の当たりにしてゆきます。

 

ある日の放課後、晃は生物準備室の棚から持ちだした試験管立てを手にして皆の前に現れます。その試験管立てには、7本の試験官がさしてあり、そのうちの1本には「硫酸」と記されている。

まず見せしめに、晃は生きたバッタの頭上で硫酸と書かれた試験管を傾けます。全身に液体をあびたバッタは、腐食するように焼けただれていき、やがて動きを止める。

(こういう残酷な場面の描写はこの小説にしばしば出てきて、どれもリアルに描かれています)

 

そこからいつもの燕雀がはじまってゆく。

 

歩はやがて、暴力が学校内のクラスメイト6人だけでは完結されないことを思い知らされてゆきます。

 

この学校を卒業した先輩たちとの出会いによって。

 

作業着姿でタバコを吸い、シンナーの匂いを漂わす男や、腕に入れ墨がはいった、体つきが歩たちとは比較にならない男。

そんな先輩たちの前で、顔を腫れ上がらせている晃。

 

身近なはずの家族や先生や近所の大人たちから遮断された、”放課後”や”夏休み”という空間の中で、自分の日常にはない「暴力」に初めて直面した記憶を持つ人であれば、この小説はほとんどノンフィクションとして読み進めてゆくことになるかもしれません。

 

小説の舞台は作者の出身地である青森県のようです。