「影裏」沼田真佑 2017年第157回芥川賞(単行本94ページ)

日常生活の中で見聞きするどういう種類のものごとであれ、何か大きなものの崩壊に限り、陶酔しがちな傾向を持つ日浅。
そういうものごとに対し、共感ではなく感銘をする、そんな神経をもつ日浅。

東京にある医療用の医薬を取り扱う親会社から岩手の子会社に異動してきた今野は、その子会社で別の課に所属する日浅をこの地で唯一の友人に持った。
今野にとって日浅のそのある種壮大なものごとに限り感銘する性質は、なぜだか小気味よかった。

今野と日浅は、釣りを共通の趣味に持ち、ふたりで川釣りに出かけることは、今野にとって唯一といってもいい楽しみであった。

だが日浅はある日突然、今野に報告もなしに会社をやめ、ノルマのある訪問販売型営業の仕事に転職する。
はじめは新天地で順調そうに見えた日浅だったが、ノルマに追われ、再開をはたした今野をも契約相手として巻き込んでゆき、追い込まれてゆく。その矢先、あの東日本大震災に遭遇する。

 

「わたしの目には日浅はどうも、時代を間違えて生まれたように見えるのだ」

 

「まあ、おれは」
日浅はたしかにいったのだ。
「おれは何にも誇れないのが誇りだけどな」

 

アウトドアが共通の趣味という、一見あかるい背景設定だが、この小説には終始、暗い影を彷彿とさせる言葉や描写が散りばめられている。

著者は自身について、インタビューで以下のように話している。


「友達でも恋人でも人間関係全般において、どうしても相手と壁を作ってしまう。ーーもっと距離を詰めて仲良くすればいいのに、そうできなくて、いつだって喪失感があるーー」
(参考:文春オンライン インタビュー記事)

 

今野も日浅も、ある意味では著者の分身であるようだ。

どこか生きづらさを感じさせる、そんな著者によって生み出された作品は、同じように何かと悩み事の多い日常を生きている人々に、深い部分の共感をもたらす。